計画は倒れるものー神田古本屋街を歩く ― 2013/06/06 21:41

 5月31日に学士会館で同窓会の打合わせをした際、久しぶりに古本屋街をぶらぶらした。
 「自由なる生活」になった時に、古本を探して歩くのも趣味計画の一つとしてあったのだが、今の時間の使い方ではいつになったらそれが出来るのかは分からない。
 ましてや、古本屋街歩きというのは時間を掛けてしまうものだし、つい色々といつ読めるか分からない本を買ってしまう。この日も岩波写真文庫2冊、映画雑誌シネ・フロント2冊、日本語関連岩波新書1冊、計5冊で1400円を費やしてしまったが、読まなければならない本がたまっているので、いつになったらこれらを読めるか分からない。とほほほ!

あれもこれもでは自由を失うー就活の終了 ― 2013/06/15 21:51

 自分の経験や知識を活かしたいと考えて週2日程度の顧問の仕事を探してきた。しかし、そんな都合の良い仕事はない。社会に眼を向けておくためには必要と思ったのだが、定年後半年を経過したので事実上の就活終了宣言をしたい(このブログを読む人はごく少ないので自分が自分に言い聞かせている様なものだが)。

 一生懸命、時間を費やすつもりであれば、できそうな(採用されそうな)いくつかの仕事があった。例えば、人材紹介コンサルタント。当初、私はこの仕事がしたくて、定年前から、ある人材紹介会社の社長とコンタクトしていた。定年になったので、話しを伺いに東京の事務所まで行った。事務所に出て来なくても良く、家でPCを叩いてクライアントと転職希望者を探しても良いと言われた。事務所や企業訪問の交通費など一切の経費は自分持ちだが、成果が上がれば成功報酬として会社が得た収入の50%だったか70%(80%?)をくれるという。成功報酬を考えると魅力的だが、それだけ時間を費やさなければいけないという仕事である。もう1社人材紹介の会社に話しを伺いに行ったが、こちらは毎日出勤して欲しいという事であった。交通費は出すという。しかし、成功報酬は10%か20%であった、と記憶している。いずれも毎日一生懸命働かなければならない。
 そして両社長が言う事は一緒であった。「生涯現役」が健康の秘訣である、という。
*これにはちょっと異論がある。お金をもらって働く事だけが生涯現役ではないと思うのだが*

 また、ある顧問派遣会社に週2、3日という事で登録しているのだが、何故かフルタイムの仕事が紹介される。多分、担当コンサルタントの実入りに影響があるせいではないかと思うのだが。その中に、外資で適応できそうな業務もあったが、フルタイムでは無理である。
 つい今し方、顧問に採用したいと言われた仕事を断った。自分のネットワークを活かす仕事(早く言えば対象となる企業とその窓口となる人の紹介)ではあるが、自分の役割はそれだけ。相手(知人)にも迷惑を掛けそうだし、おまけに嫌な役回りの割に報酬単価が低いのが理由。

 妻は私が働く事に反対である。これが就活終了宣言する最も大きな理由であるが、自分自身も、ちょっとでも働いたら「自由なる生活」がおくれなくなると思っている事もある。
*でも面白い仕事があれば、未だやってみたいと思って、顧問派遣会社の登録は消していませんが*

 そこで警句、「二兎を追う者は一兎をも得ず」のイメージで、「あれもこれもでは自由を失う」。

いつまでもあると思うな自由なる時間ー葬儀が続く ― 2013/06/18 22:28

 先週、友人の葬儀が2件あった。一人は大腸ガンが見つかって二月も経たず、もう一人は昨年の2月に肺ガンを宣告されて、1年4ヵ月後の逝去である。二人共にかなり近しい人で、65歳と64歳。余りにも早い死である。いずれの家族も、彼らの事を“仕事一筋”とか“一生懸命働いてきた”、と話した。そんなんでなくて良いから、もっと長生きして欲しかった、と思う。合掌。

 前にも書きましたが、このブログを読む人はそんなに多くはないでしょうが、読んでいる人が私の年代とするならば、皆さんの人生はこれからです。でも、いつまでも「自由なる生活」があるとは限らない、という事が上の例でお分かりでしょう。

 厚生労働書の平成23年の統計データに依れば男の平均寿命は79.44歳である。また、私の年代の平均余命は20年くらいであるので80歳以上は生きられる事になる。しかし、75歳を超えると認知症が増えるという話もあるので、「自由なる生活」ができるのは後10年くらいと考えて置いた方が良いだろう。そう思って、ゆるゆると「自由なる生活」をスタートしたのだが、考え方を変えた方が良さそうである。
 やりたい事を優先してやった方が良いと思いだした。
 やりたい事とは何か。まず、“自分史”作成である。次に最低1編の“小説”を世に出す、“技術史”を著述する。こうなったら、その他はどうでも良い気がする。時間が余れば手を付ける、くらいの気持ちである。
 毎月のように書いているが、私は全く自由とは言えない。まず、食事の後片付けをしなければならない、浴槽の洗浄、靴下の洗濯、庭の草取りなど、色々、家事をやらなければならない。週2日のスポーツジム通い、部屋の片付け(本やCD、DVD、デジタル機器の処分など)もしなければならない。これらを全て完璧にやると残った時間は少ない。
 本も読みたい、溜まった録画済みの映画も見たい、偶には映画にも行きたい、展示会にも行きたい、野球も見に行きたい、カメラ散歩もしたい、等々、希望はあるが、それらをやる時間が今はない。あぁ〜、いつもながらに溜息が出る。

やりたい事をやらんと欲すれば、まず自宅に留まれー外出は控えてやりたい事をやれ ― 2013/06/26 22:26

 前回、友人の葬儀が続いた事で、「やりたい事を優先してやった方が良いと思いだした。やりたい事とは何か。まず、“自分史”作成である。次に最低1編の“小説”を世に出す、“技術史”を著述する。こうなったら、その他はどうでも良い気がする。時間が余れば手を付ける、くらいの気持ちである」、と書いた。
 しかし、何でも記録したい、文章にしたい自分は、やはりHPやブログ、フェイスブックもできる限り投稿したい。
 でも時間がない。こうなったら外出する時間を減らすしかない。外出するという事は何らかのアクティビティがあるという事だし、気づきや思い付きもある。食事もする。これらを全て書こうとする自分が悪いのかも知れないが、やはり書きたい。だから、外出しない事は一挙に両方の問題を解決する事になる。名案ではある。しかし、色々な事に対する興味は尽きない。そう、できる限り外出を控えるとしか言えないか?
 週に4日は外出せず、自宅で過ごすべきであろう。スポーツジムには週2日は行くと決めている。残るは5日だ。既に日常の散歩とガイドツアーは止めている。その上、何が減らせるのか?写真展や講演会に行くのを止めるしかないだろう。
 しかし、突然に、妻がどこかへ行きたい、と言い出したら一緒に行かなければならない羽目に陥る。これは、結婚前の出来事と他人には言えない家庭の事情があって避けられない。今日も突然にジャカランダの花を神奈川歯科大学短期大学部に見に行く事になった。妻が以前から見に行きたいと言っていたので、雨が降って日差しのない日だから丁度いいだろうと思って、そんな話をした自分が悪いのだろうけれども。
 
 こんな事を書いているが、5月26日から3泊4日で万座温泉に行ってからHP、ブログ、フェイスブックへの投稿が殆ど滞っている。読んだ本や見た映画の寸評は、それ以前のものから溜まっている。その日の出来事をその日に投稿できないで、どんどん積み残して行っているのが現状だ。
 だから、ここで警句を一つ。「将を射んと欲すればまず馬を射よ」ではなく、「やりたい事をやらんと欲すれば、まず自宅に留まれ」

外出するのは悪い事ばかりではない ― 2013/06/28 21:33

 外出は控えようと書いたのは、26日(水)であるが、私はその前の24日(月)に横須賀美術館に「街の記憶」という展示を見に行った。ついでに走水神社にも寄った。
 
 外出すると家でやるべき事ができなくなるのは確かだが、悪い事ばかりではない。人との出会いがある。

 その日は、まず走水神社で弟橘媛命記念碑を見た後に近辺で食事をし、美術館に行く計画であった。
 馬堀海岸駅からはバスを利用した。バスに乗ると通路を挟んだ反対側のシートに20代と思える、ちょっと可愛い女性が座った。バッグに青色の紙のパンフレットみたいな物が入っていたので、地元の人ではなく、横浜あたりから走水神社か美術館、あるいは観音崎に来たのだと思った。案の定、彼女は走水神社の停留所で私の後から降りた。しかし何故か私が振り返った時には、そこにはいなかった。その時、ちょっと、残念に思った。
 2つある鳥居を潜り、長い階段を登って、社殿にお参りした。その時である、いつの間にか彼女が横にいて、こう質問してきた。
「何回か来られてるんですか?」「2回目ですが」
そんな質問をする理由はすぐに分かった。
水神社を指してあちらは何ですか?名前しか分かっていなかったので、私はとっさには答えられなかった。そうすると彼女はこう言った。
「いつもこちらだけお参りするのですか?」
いつも、と聞かれても未だ2回目である。でも冷静に私は答えた。
「ええ、そうですが」
私と彼女の会話はこれで終わった。ただそれだけであるが、何か嬉しい気持になった。

 第2話は美術館での事である。展示を見終わってミュージアムショップでうろうろしていると、小泉純一郎らしい人が女性を連れて展示室の方から出てきた。横須賀は地元であるので彼が来ていても不思議ではない。テレビで見た様なブレザーを着ていたし、もじゃもじゃした髪の毛も似ているので間違いではないのだろうが、顔が昔より柔和(ちょっと緊張感を欠いた感じで鋭さがない)なので、違う人の可能性もあった。例えばそっくりさんとか。第一、女性を連れているというのもおかしい感じもあった。だから、私はちょっとだけ頭を下げた。別に頭を下げる理由なんかなかったのだが、何となく、そういう風になった。そうすると向こうも軽く頭を下げた。本物の様であった。私と彼との出会いはそれだけであったが、彼らがレストランの前を通りかかった時、おばちゃん達が目敏く彼らを見つけ、捕まえた。そして一緒に写真を撮ったり、握手をしたりしていた。サラリーマン風の40前後の二人も同じ様に握手とジュンちゃんと並んだ写真を撮っていた。
(横須賀高校出身者は彼の事をジュンちゃんと親しく呼ぶらしい)
妻に話すと、彼らの挙動を”いいんじゃないの”、と言った。しかし、私は彼も彼が所属する党も支持してはいない。だから、私はあのおばちゃんやサラリーマンの様には振る舞えなかった。

 このように外出すれば、思いがけない出会いがある。これも一興である。