バレンティン、おめでとう ― 2013/09/19 21:16
ヤクルトのバレンティンが、1964年に作った王さんのシーズン本塁打記録55本を抜いた。15日の阪神戦の1回に榎田から記録破りの56号を打つと、3回にも榎田から57号を打った。勝負に行った阪神そして榎田も立派である。「1本目は甘く入ったので仕方ないが、2本目は入ると思わなかった」、と榎田は言っている。
お母さんの前で打ててバレンティンも嬉しかっただろう。まずはおめでとうと言いたい。
18日にはDeNAの三嶋から58号を放った。王さんも、「2試合にほぼ1本の驚異的ペースであり、どこまでいくのかファンとともに楽しみたい」、という談話を残した。
王さんの55本の記録を残してから49年目の快挙である。多くのファンがこの快挙を喜んでいる。
「意識的に残されていく(残されている?)記録は、その記録の価値を低くする(傷つけている?)」というのを、どこかで読んだ記憶がある。至言である。
王さんの記録は破られても、野球ファンの記憶には残っていく記録であるのは間違いないだろう。記録というものは、時代環境(条件)の違いもあり、単純に数字だけで比較できない面もある。バレンティンの記録は神宮球場で36本を打ったものである。王さんはどうだったのだろうか?球場の広さの比較だけなら、多分、当時よりも今日の方が広いだろう。相手投手の力量はどうだろうか?投手上位なのか打者上位の時代かにも依る。変化球が多くなり、投球術も今日の方が上だろう。飛ぶボールか飛ばないボールかにも依る。体力強化の方法は、確実に現代の方が進んでいるだろう。試合後の身体のマッサージなども進んでいるだろう。何より栄養学は昔より数段進んでいるだろう。王さんの場合には、投手はどのくらい勝負に挑んだろう。後ろに長嶋がいたので勝負にいく場合が多かっただろうか?書き出したら切りがない。バレンティンは今年から日本製のバットから、素材がロックメープルの米国製のバットに切り替えたという。バットの反発力が上がったという。
でも、残っていくのは数字の多少である。どんな条件であろうが、バレンティンの記録は歴史に残る立派な記録である。
最後に瑣末的な事だが、スポーツ評論家の玉木氏が「誰かの記録を守るために勝負を避けるのはスポーツではない。今回の記録更新は、プロ野球がようやく体育からスポーツに変わりつつあることを示している」、と話したらしい。私には何を言っているのか良く分からない。うがった事を言うならば、スポーツならルール内で勝負を避けても良いのではないか。野球道なら正々堂々と勝負すべきである。ようやく日本らしい野球道になってきた、というのはおかしいだろうか。
お母さんの前で打ててバレンティンも嬉しかっただろう。まずはおめでとうと言いたい。
18日にはDeNAの三嶋から58号を放った。王さんも、「2試合にほぼ1本の驚異的ペースであり、どこまでいくのかファンとともに楽しみたい」、という談話を残した。
王さんの55本の記録を残してから49年目の快挙である。多くのファンがこの快挙を喜んでいる。
「意識的に残されていく(残されている?)記録は、その記録の価値を低くする(傷つけている?)」というのを、どこかで読んだ記憶がある。至言である。
王さんの記録は破られても、野球ファンの記憶には残っていく記録であるのは間違いないだろう。記録というものは、時代環境(条件)の違いもあり、単純に数字だけで比較できない面もある。バレンティンの記録は神宮球場で36本を打ったものである。王さんはどうだったのだろうか?球場の広さの比較だけなら、多分、当時よりも今日の方が広いだろう。相手投手の力量はどうだろうか?投手上位なのか打者上位の時代かにも依る。変化球が多くなり、投球術も今日の方が上だろう。飛ぶボールか飛ばないボールかにも依る。体力強化の方法は、確実に現代の方が進んでいるだろう。試合後の身体のマッサージなども進んでいるだろう。何より栄養学は昔より数段進んでいるだろう。王さんの場合には、投手はどのくらい勝負に挑んだろう。後ろに長嶋がいたので勝負にいく場合が多かっただろうか?書き出したら切りがない。バレンティンは今年から日本製のバットから、素材がロックメープルの米国製のバットに切り替えたという。バットの反発力が上がったという。
でも、残っていくのは数字の多少である。どんな条件であろうが、バレンティンの記録は歴史に残る立派な記録である。
最後に瑣末的な事だが、スポーツ評論家の玉木氏が「誰かの記録を守るために勝負を避けるのはスポーツではない。今回の記録更新は、プロ野球がようやく体育からスポーツに変わりつつあることを示している」、と話したらしい。私には何を言っているのか良く分からない。うがった事を言うならば、スポーツならルール内で勝負を避けても良いのではないか。野球道なら正々堂々と勝負すべきである。ようやく日本らしい野球道になってきた、というのはおかしいだろうか。
バレンティン頑張れ! ― 2013/09/01 10:15
連日バレンティンの55号越えが話題になっている。本来は良い話題なのだが、新聞などの報道を見ると余り気分が良くならない。それというのも、日本人の狭量さを感じるからだ。
55号とは、王、ローズ、カブレラが持つ日本プロ野球本塁打記録だ。記憶は不確かだが、ローズ、カブレラの時には残り試合が少なく、王の記録を超えるのを阻止するために、どの球団も敬遠に近い四球策戦に出た。結局、ローズもカブレラも王と同じ55本に留まった。「ガチンコ勝負」をすると信じているパリーグにおいてもこの有様だから、セリーグは推して知るべしなどとは思いたくない。未だ28試合も残しており、56号まであと4本なのだ。
今までのペースで行けば楽々新記録が出るはずだ。だが、しかし、である。このところ連日四球が多くなっている。もっと、日本人は心を広く持てないのか?
王の記録は1964年の記録だ。もう50年も経つ。大分昔の話だ。こんな記録が残っているのを恥と見るか、王が偉大であったと見るのか、それは人に依って思いは違うだろうが、元ホークスの野村克也は「王の記録を破られそうなのは面白くない。日本の選手に破ってほしかった。メジャーをお払い箱になった選手に抜かれるのは日本の恥だ。プライドはないのか!」と言う。これは日本人選手に対する𠮟咤激励、と思いたい。決して ”敬遠して王の記録を破らせるな” 、という事ではないだろう。
王も「ホームランの魅力は試合の流れをがらっと変えられること。彼(バレンティン)と自分は別だと思わず、彼にできることは自分にもできると思ってほしい」、と言ったらしい。こちらは日本人選手に対する明確な𠮟咤激励だ。
西武の中村剛也が故障していなければ、既に年間50本以上は達成できていたはずである。残念である。
こんな事をしていると、プロ野球も相撲界の様にガラパゴス化しかねない。将来、仮に中国でプロ野球が発展したならば、外国の良い選手は日本に来ないで中国に行ってしまうだろう。長い間、日本プロ野球は外国人選手を入団させて切磋琢磨、人気を保持してきた。巨人だって日系二世は別として純血主義を守ってきたのに、途中でその方針を変えたのではないか。それは外国人の力がなければ優勝もできなくなるという時代の流れを感じたからだろう。
韓国や台湾も外国人選手を雇っているが、日本ほど優秀な選手は入っていない。魅力的でなくなった環境には外国人は来なくなる。そうすれば、王の持つ55本のプロ野球年間本塁打記録も破られないだろう。
いっそ、全面的に外国人を排除するというのも手かも知れない(笑)。
55号とは、王、ローズ、カブレラが持つ日本プロ野球本塁打記録だ。記憶は不確かだが、ローズ、カブレラの時には残り試合が少なく、王の記録を超えるのを阻止するために、どの球団も敬遠に近い四球策戦に出た。結局、ローズもカブレラも王と同じ55本に留まった。「ガチンコ勝負」をすると信じているパリーグにおいてもこの有様だから、セリーグは推して知るべしなどとは思いたくない。未だ28試合も残しており、56号まであと4本なのだ。
今までのペースで行けば楽々新記録が出るはずだ。だが、しかし、である。このところ連日四球が多くなっている。もっと、日本人は心を広く持てないのか?
王の記録は1964年の記録だ。もう50年も経つ。大分昔の話だ。こんな記録が残っているのを恥と見るか、王が偉大であったと見るのか、それは人に依って思いは違うだろうが、元ホークスの野村克也は「王の記録を破られそうなのは面白くない。日本の選手に破ってほしかった。メジャーをお払い箱になった選手に抜かれるのは日本の恥だ。プライドはないのか!」と言う。これは日本人選手に対する𠮟咤激励、と思いたい。決して ”敬遠して王の記録を破らせるな” 、という事ではないだろう。
王も「ホームランの魅力は試合の流れをがらっと変えられること。彼(バレンティン)と自分は別だと思わず、彼にできることは自分にもできると思ってほしい」、と言ったらしい。こちらは日本人選手に対する明確な𠮟咤激励だ。
西武の中村剛也が故障していなければ、既に年間50本以上は達成できていたはずである。残念である。
こんな事をしていると、プロ野球も相撲界の様にガラパゴス化しかねない。将来、仮に中国でプロ野球が発展したならば、外国の良い選手は日本に来ないで中国に行ってしまうだろう。長い間、日本プロ野球は外国人選手を入団させて切磋琢磨、人気を保持してきた。巨人だって日系二世は別として純血主義を守ってきたのに、途中でその方針を変えたのではないか。それは外国人の力がなければ優勝もできなくなるという時代の流れを感じたからだろう。
韓国や台湾も外国人選手を雇っているが、日本ほど優秀な選手は入っていない。魅力的でなくなった環境には外国人は来なくなる。そうすれば、王の持つ55本のプロ野球年間本塁打記録も破られないだろう。
いっそ、全面的に外国人を排除するというのも手かも知れない(笑)。
高校野球/花巻東の千葉君のカット打法論議 ― 2013/08/24 11:12
花巻東の千葉選手が高野連にカット打法を禁じられた、という事でネットでは騒いでいる。
この論議は、野球の枠を超えた話しが多くなされていて、それが反響を呼び、大きくなっている。つくづくネットは恐ろしいと思う。冷静になって考えれば、こんな論議にはならないと思うのだが。要はバントなのかどうか、という話しである。それだけの話しである。バントと見なさなければ、審判員はそのようには判定しない。
私も事実関係は新聞情報しか持っていないので、その範囲内でしか言えないが、朝日新聞に依れば、準々決勝終了後、赤井大会副委員長が花巻東の佐々木監督と流石部長に対して高校野球特別規則(17)バントの定義を説明した、とある。規則には「バントとは、(中略)(バットをスイングしたか否か)により、審判員がバントと判断する場合もある」と明記されている。準々決勝での千葉選手の打法に紛らわしく見えるものがあったため、伝えたという。
ネット情報に依れば、千葉選手には監督か部長から休養日(21日)に伝えられた、とある。
要するに、禁じられた分けではない。だから、今までと同じ様に打てば良かっただけである。そうすれば、どういう風な場合がバントなのか分かったはずである。しかも、2ストライクまでは全く関係ない。2ストライク後にバントと見なされてファウルならばアウトとなるという事だけだ。
ネットでは、「あれは断じてバント」ではないと言う意見もある。しかし、それを判断するのは審判である。審判がそう見なせば、そうなのだ。それが規則だ。
残念ながら、私は準々決勝の鳴門戦は、9回裏の途中からしか見ていないので1打席1打席については何とも言えませんが、ダイジェストの中ではそれらしい振りは見られませんでした。それらしい振りだと審判が見なしていれば、その場でアウトになったでしょう。グレーな振りがあった、という事だと思います。
以下、いくつかのネットの意見に沿って私の意見を記します。
<フモフモコラム>http://blog.livedoor.jp/vitaminw/archives/cat_810114.html
・「バントの定義」に抵触するからやめろと通達したのではなく、「そういう規則があることを知っているか?」「ご理解ください」と通達したということ。違反であるとも有効であるともいわず、やめろともやっていいとも言わず、直接言葉で要求できないことを相手の「ご理解」に委ねて承服させたのです。(中略)ご理解を迫られた側は、それ以上何も得られるものはなく、ただ我慢するしかないということ。
←これは野球のルールとは関係ありません。この人の考え方です。バントと見なせるようなグレーなプレーがあったので、そのような表現をしたのではないでしょうか?
・今回の「ご理解」でもって、高校野球は千葉クンにどんな教育を授けたのでしょうか。僕には、「世の中には理不尽がたくさんある」「何が正義かを決めるのは権力を持つ側なのだ」「弱者は黙って従えばよい」ということしか伝わってきません。まぁ、それは世の中の真実の一部ではありますから、正しい教育だったのかもしれません。
←これも野球のルールとは関係ありません。この人の考え方です。
・この通達により、千葉はカット打法を封印せざるをえなくなった。
←そんな事はないと思います。個人の判断ではなく、チームとしての判断でしょう。決して禁じられた分けではないのですから、通常通りのプレーをすれば良かったのではないでしょうか?仮にアウトになっても、その時は一つアウトが増えるだけです。後は気をつければ良いのです。
<BLOGLOS(門田隆将)>http://blogos.com/article/68642/
・高野連は、最後に「あれをバントと見なす場合があります。わかりますね」と言ったという。 「この打法はやめなさい」という事実上の“禁止勧告”である。
←これもこの人の考えである。
・両手のグリップをきちんとつけたスイングをバントなどとジャッジしたら、たちまち大非難が湧き上がっただろう。
←ルールを読めば分かることですが、これは間違っています。
・私は、産経新聞からこの問題についてコメントを求められ、こう答えた。「千葉選手の活躍は全国の身体の小さな選手に、たとえ体格に恵まれなくてもこれだけやることができると、“勇気”と“やる気”を与えた。自分の創意と工夫、そして努力でレギュラーを勝ち取り、甲子園の土を踏んだ希望の星だった。このプレースタイルは、誰もができるものではなく、一生懸命精進して初めて会得できたもの。高野連に、その努力が分からないのが残念だ。こうした希望の芽を摘(つ)もうとしている高野連こそ、ルール違反をおこなっていることを自覚して欲しい」。
←野球のルールとは全く関係ありません。まして、選手が大きいか小さいかなどを持ち出すのはお門違いです。
<JCASTニュース>http://www.j-cast.com/2013/08/23182116.html
・高野連に寄せられる電話のほとんどは、千葉選手を擁護する声だ。「2回戦でも同様の打撃をしていたのに、なぜ準々決勝後に(説明)したのか」「なぜあの試合だけなのか」といった説明のタイミングに対する疑問。「岩手大会でも同様のことをしていただろうに、甲子園まで持ち越したのはなぜ?」という声もあったという。
←試合後の説明であったのは、審判員はこの試合ではっきりバントと見なせる2ストライクからのスイングがなかった、と判断したからでしょう。他の試合や県大会でも同じ判断でしょう。すべてルールの適用は、その試合の審判員が判定するのですから。
しかし、私が1回戦彦根東との第1打席を見る限り、アウトとなっても仕方ない振りが2回ありました。投球に押されて振り切れず、途中で止まってしまっていたのです。でも審判員はスイングしたと判断したのでしょう。アウトにはなりませんでした。
それから、千葉選手は試合ごとにバッティングスタイルを変えています。済美戦では鳴門戦ほど身体を屈ませず、ベースにも被さっていません。ですから、他の試合ではグレーなプレーはあってもルールに抵触するような振りはなかった、という事ではないでしょうか?勿論、準々決勝でも1度も3バントとは取られていませんが。
また、選手へのルールの説明は、試合の中でやらなければいけないとは決まっていないはずです。高野連からのルールの説明は日常茶飯に色々な場所で行われているはずです。
私の憶測ですが、試合後、鳴門戦の審判員ではない誰かから意見が出され、いきなり準決勝で3バントアウトにするのも教育上良くないとの判断から、試合後、花巻東の監督と部長に説明されたものと判断します。
(試合が面白くなくなるからとか、時間が長くなるとか、高校生がやるプレーにはふさわしくないとか、ピッチャーの投球数が多くなり負担がかかったとか、色んな意見が出たかも知れませんが、それは分からない話です)
今回の一件は、ネット社会が発展したという事で、意外と反響を呼びました。高野連は、これから、やりずらいでしょうね。
私には一つの疑問があります。延岡学園対富山第一の9回表4−4、1死1、3塁の場面での幻のゲッツー。これ、主審がタイム(ボールアウト)を宣告していないので、成立ではないでしょうか。この件は大騒ぎになりませんでしたが、私が間違っているのでしょうか?
この論議は、野球の枠を超えた話しが多くなされていて、それが反響を呼び、大きくなっている。つくづくネットは恐ろしいと思う。冷静になって考えれば、こんな論議にはならないと思うのだが。要はバントなのかどうか、という話しである。それだけの話しである。バントと見なさなければ、審判員はそのようには判定しない。
私も事実関係は新聞情報しか持っていないので、その範囲内でしか言えないが、朝日新聞に依れば、準々決勝終了後、赤井大会副委員長が花巻東の佐々木監督と流石部長に対して高校野球特別規則(17)バントの定義を説明した、とある。規則には「バントとは、(中略)(バットをスイングしたか否か)により、審判員がバントと判断する場合もある」と明記されている。準々決勝での千葉選手の打法に紛らわしく見えるものがあったため、伝えたという。
ネット情報に依れば、千葉選手には監督か部長から休養日(21日)に伝えられた、とある。
要するに、禁じられた分けではない。だから、今までと同じ様に打てば良かっただけである。そうすれば、どういう風な場合がバントなのか分かったはずである。しかも、2ストライクまでは全く関係ない。2ストライク後にバントと見なされてファウルならばアウトとなるという事だけだ。
ネットでは、「あれは断じてバント」ではないと言う意見もある。しかし、それを判断するのは審判である。審判がそう見なせば、そうなのだ。それが規則だ。
残念ながら、私は準々決勝の鳴門戦は、9回裏の途中からしか見ていないので1打席1打席については何とも言えませんが、ダイジェストの中ではそれらしい振りは見られませんでした。それらしい振りだと審判が見なしていれば、その場でアウトになったでしょう。グレーな振りがあった、という事だと思います。
以下、いくつかのネットの意見に沿って私の意見を記します。
<フモフモコラム>http://blog.livedoor.jp/vitaminw/archives/cat_810114.html
・「バントの定義」に抵触するからやめろと通達したのではなく、「そういう規則があることを知っているか?」「ご理解ください」と通達したということ。違反であるとも有効であるともいわず、やめろともやっていいとも言わず、直接言葉で要求できないことを相手の「ご理解」に委ねて承服させたのです。(中略)ご理解を迫られた側は、それ以上何も得られるものはなく、ただ我慢するしかないということ。
←これは野球のルールとは関係ありません。この人の考え方です。バントと見なせるようなグレーなプレーがあったので、そのような表現をしたのではないでしょうか?
・今回の「ご理解」でもって、高校野球は千葉クンにどんな教育を授けたのでしょうか。僕には、「世の中には理不尽がたくさんある」「何が正義かを決めるのは権力を持つ側なのだ」「弱者は黙って従えばよい」ということしか伝わってきません。まぁ、それは世の中の真実の一部ではありますから、正しい教育だったのかもしれません。
←これも野球のルールとは関係ありません。この人の考え方です。
・この通達により、千葉はカット打法を封印せざるをえなくなった。
←そんな事はないと思います。個人の判断ではなく、チームとしての判断でしょう。決して禁じられた分けではないのですから、通常通りのプレーをすれば良かったのではないでしょうか?仮にアウトになっても、その時は一つアウトが増えるだけです。後は気をつければ良いのです。
<BLOGLOS(門田隆将)>http://blogos.com/article/68642/
・高野連は、最後に「あれをバントと見なす場合があります。わかりますね」と言ったという。 「この打法はやめなさい」という事実上の“禁止勧告”である。
←これもこの人の考えである。
・両手のグリップをきちんとつけたスイングをバントなどとジャッジしたら、たちまち大非難が湧き上がっただろう。
←ルールを読めば分かることですが、これは間違っています。
・私は、産経新聞からこの問題についてコメントを求められ、こう答えた。「千葉選手の活躍は全国の身体の小さな選手に、たとえ体格に恵まれなくてもこれだけやることができると、“勇気”と“やる気”を与えた。自分の創意と工夫、そして努力でレギュラーを勝ち取り、甲子園の土を踏んだ希望の星だった。このプレースタイルは、誰もができるものではなく、一生懸命精進して初めて会得できたもの。高野連に、その努力が分からないのが残念だ。こうした希望の芽を摘(つ)もうとしている高野連こそ、ルール違反をおこなっていることを自覚して欲しい」。
←野球のルールとは全く関係ありません。まして、選手が大きいか小さいかなどを持ち出すのはお門違いです。
<JCASTニュース>http://www.j-cast.com/2013/08/23182116.html
・高野連に寄せられる電話のほとんどは、千葉選手を擁護する声だ。「2回戦でも同様の打撃をしていたのに、なぜ準々決勝後に(説明)したのか」「なぜあの試合だけなのか」といった説明のタイミングに対する疑問。「岩手大会でも同様のことをしていただろうに、甲子園まで持ち越したのはなぜ?」という声もあったという。
←試合後の説明であったのは、審判員はこの試合ではっきりバントと見なせる2ストライクからのスイングがなかった、と判断したからでしょう。他の試合や県大会でも同じ判断でしょう。すべてルールの適用は、その試合の審判員が判定するのですから。
しかし、私が1回戦彦根東との第1打席を見る限り、アウトとなっても仕方ない振りが2回ありました。投球に押されて振り切れず、途中で止まってしまっていたのです。でも審判員はスイングしたと判断したのでしょう。アウトにはなりませんでした。
それから、千葉選手は試合ごとにバッティングスタイルを変えています。済美戦では鳴門戦ほど身体を屈ませず、ベースにも被さっていません。ですから、他の試合ではグレーなプレーはあってもルールに抵触するような振りはなかった、という事ではないでしょうか?勿論、準々決勝でも1度も3バントとは取られていませんが。
また、選手へのルールの説明は、試合の中でやらなければいけないとは決まっていないはずです。高野連からのルールの説明は日常茶飯に色々な場所で行われているはずです。
私の憶測ですが、試合後、鳴門戦の審判員ではない誰かから意見が出され、いきなり準決勝で3バントアウトにするのも教育上良くないとの判断から、試合後、花巻東の監督と部長に説明されたものと判断します。
(試合が面白くなくなるからとか、時間が長くなるとか、高校生がやるプレーにはふさわしくないとか、ピッチャーの投球数が多くなり負担がかかったとか、色んな意見が出たかも知れませんが、それは分からない話です)
今回の一件は、ネット社会が発展したという事で、意外と反響を呼びました。高野連は、これから、やりずらいでしょうね。
私には一つの疑問があります。延岡学園対富山第一の9回表4−4、1死1、3塁の場面での幻のゲッツー。これ、主審がタイム(ボールアウト)を宣告していないので、成立ではないでしょうか。この件は大騒ぎになりませんでしたが、私が間違っているのでしょうか?
高校野球/地元出身選手 ― 2013/08/22 20:34
今日の朝日新聞朝刊の35面(社会面)には、「東北の夢 持ち越し」との大見出しの下、「地元出身者中心の2校 準決勝で惜敗」の小見出しで、日大山形と花巻東の敗退を報じている。指導者も地元出身であるという。ネットで調べると日大山形の登録選手18名中の88.89%が県内中学出身者であり、花巻東の場合は83.33%である。日大山形のエース庄司君は山形五中出身で、花巻東のセンター千葉君は県内の南都田中出身である。地元出身者だから良いという事ではない。良いプレーをする選手が良い選手であるのだが、それぞれの県の代表校なので、地元出身者であると応援のし甲斐がある。因みに本大会には出られなかったが神奈川・桐光学園のエース松井君は横浜の山内中出身者だ。ネットで気になる有力選手の出身中学校を調べて見た。前橋育英のエース・高橋光成君は沼田・利根中、浦和学院のエース・小島君は鴻巣・赤見台中、センター山根君は広島・大洲中、サード高田君は朝霞三中、横浜のエース伊藤君は千葉・横芝中、センター浅間君は東京・牛込中、ショート高濱君は福岡・金田中、仙台育英のセンター上林君はさいたま・土合中、大阪桐蔭キャッチャー森友哉君は堺・東百舌鳥中出身です。皆さん、これを見てどう思いますか?
意外と県内で活躍しているんですね。
意外と県内で活躍しているんですね。
高校野球の大会での国旗と国歌に思う ― 2013/08/22 17:23
今年の全国高等学校野球選手権大会も今日で幕を閉じました。
だから閉会式がありました。優勝校、準優勝校への表彰式の後に掲揚されていた旗が降ろされました。
大会歌「栄冠は君に輝く」が流される中、大会旗が降ろされました。
神奈川大会の閉会式をテレビで見たときには国歌が流される中、国旗が降ろされたので、違和感がありました。何で高校生のしかも野球の大会で国歌と国旗なのと、その時は思いました。
やっぱり、神奈川県がおかしいのかな、と思いましたが、その後に、やはり国歌が流され、国旗が降ろされました。同じです。国旗が掲揚されているのだから、降ろすときには国歌が流されるのが当たり前ではあるのですが、これまでは気がつきませんでした。最近は、最後まで見ていないか、その日は出勤で見ていないかだったからかも知れません
。
ちょっとではなく、大いに違和感があります。政府や国家が主催でもないんです。皆さん、おかしいと思いませんか?